|
|||||||||||
|
|||||||||||
うだる暑さの街を泳ぐようにして帰宅したら、テーブルの上にうちわが1枚、置いてありました。スイッチを入れたクーラーが利いてくる前に襟をはだけて風を入れると、涼しいというほどではなくても心身がほどけてきます。 うちわは古代、魔除けの道具だったと言われますが、外であった嫌なできごとや心配事が吹き飛ぶような気がします。 子どものころ、来客があると母親は冷たいおしぼりと飲み物を出した後、お客さまの斜め後ろに座ってうちわでやんわりと風を送っていましたっけ。そこで交わされる何気ない話が客の心を打ちとけさせたのです。昭和の時代まで、一般家庭では家族が使ううちわとお客様用のうちわの2種類をそろえていました。 夏の和風ファッション、浴衣に一番似合うのはうちわでしょうね。 冷たいシャワーを浴びてから糊のよく利いた浴衣に着替え、帯を胸高にきりっと〆る。それだけではなんか足りない。しなやかな手がうちわを顔の前にかざしただけで、オリエンタル・ビューティが出現します。うちわ一本という小道具だけで挙措がしとやかに映るのですから不思議ですね。帯の後ろに挿せば、いなせな色っぽさを演出します。 「うちわ美人図」といえば印象派の巨匠、ルノワールの「うちわを持つ少女」が有名です。当時の若手女優がモデルだそうですけど、うちわの絵柄が笠をかぶった旅の僧なのが面白い。西行法師、それとも松尾芭蕉かな。 モネの「ラ・ジャポネーズ」はもっと派手です。妻のカミーユが派手な着物を羽織り、その足元や背景にはうちわが16本も描かれています。19世紀後半、パリで一世を風靡したジャポニズムを偲ばせます。 でも私が好きなのは明治画壇の大御所、黒田清輝の傑作、「湖畔」(1897年作)です。 箱根・芦の湖のほとりで夕涼みする浴衣姿の女性がどこか突き詰めた視線を画面の外に放っています。照子夫人がモデルですが、おそらく日本女性の知性美を描いた最初の作品の一つだと思います。あのころの女性も「坂の上の雲」を仰いでいたのでしょう。 浴衣にうちわとなれば、やはり盆踊りに出かけたくなりますね。 7月中旬から岐阜県の郡上八幡の盆踊りが9月まで32夜続きます。8月は元祖の徳島県にはじまり、全国各地で阿波踊りが繰り広げられる。やがて秋風が立ち始め、哀愁を帯びた富山市八尾町の「おわら風の盆」で踊りの列が古い街並みを練っていきます。先祖の霊を送って──。 そんな日本の懐かしい情緒を古川柳で振り返ってみましょう。
”寝ていても 団扇のうごく 親ごころ” ”団扇では 憎らしいほど 叩かれず”
そしていつしか昼寝の夢の中へ
”うたた寝の 団扇次第に 虫の息” |
|||||||||||
|
|||||||||||
|
|||||||||||